本覚坊遺文

本覚坊遺文

本覚坊遺文

義母に薦められて読みました。利休の弟子だった本覚坊が、東陽坊、岡部幸雪斎、山上宗二古田織部、織田有楽、高山右近などとの直接間接の交流から、利休の最期の謎を解く、という筋立て。井上靖といえば、『白ばんば』や『敦煌』というイメージが強かったのですが、こんな小説も書いていたのですね。重要な場所立てとなる妙喜庵は、当時の国鉄山崎駅前にあり、幼少のころ何度も前を通った懐かしい建物。調べると見学ができるとのことですから、いつか計画してみたいと思います。